がん患者の妻と生きていくこと

30代すい臓がん、絨毛がん経験者の妻と生活しています。人のありがたさを感じる10年でした!日々のケア等でコメントに回答はできないと思いますが、ご容赦くださいませm(__)m 私の気持ちを吐露することにお付き合いいただければ幸甚です。

没イチっていうらしいです

こんなサイトがありました。

https://shibetu.jimdo.com

近親者との死別っていろいろありますが、配偶者はやはり時間がかかるようですね。

確かに、親とかのケースだと「〇〇死んじゃったけど、寂しいよねー」と嫁に言えますが、嫁が死ぬと気軽に話せる日常的にいる相手がいないってのはキツいですね。

グリーフケアとかでも、親の死別である程度整理できた方が、配偶者死別の方に、早く立ち直れ、と迫り苦しめてしまうというケースが多いと聞きました。

妻が死んでしまったので、私の話が主になってしまうかと思います。そういった意味で、気になる方は、今後閲覧をお控えいただければと思います。

それで、ご理解いただきたいことですが、私もこれからどのくらいで、ある程度の整理ができるかわかりません。

私には幸い、相談できる方がいる方だと思います。

上記URLにもあるとおり、死別経験者でないと、相談が空回りみたいなことが書いてあります。

私はそうは思いません。

例えば…、自分は相手のことが好きだったけど、振られちゃって別れたケース、とかの体験談が、私には近いのでしょうか…。

こういったことは、「時間薬」が必要らしいです。

なので、皆さんも人生で抱えていらした問題を時間薬で解決することを念頭に、私の話を聞いていただければ幸いです。

あと、ここに苦しむようですが、相当に時間がかかる可能性があるというところをご理解いただき、気長に相談に乗っていただけるともっと助かります。

最後に、掲示板、相談会含めて、いい所あるよみたいな情報があれば、今後に備えて知っておきたいと思ってますので、コメント、個別連絡等で是非教えてくださいm(_ _)m

よろしくお願いします。

お別れの儀

告別式でのあいさつのあと、お別れの儀ということで、棺を中心に据え置き、皆様に最後のお別れをしていただく場を設けさせていただきました。

ご焼香後もかなりの方が残っていただき、棺が皆様から頂戴したメッセージ、贈り物、花で埋め尽くされ、本当に妻にとって幸せな時間になったと思います。

バックナンバーには、ドリカムの「何度でも」をかけさせていただきました。3曲とも故人が大好きな曲で、故人の兄弟と私で選定しました。

皆様に故人が愛されている光景に加え、私共にかけていただいた慰労のお言葉、何より、闘病のサポートを当初から相談させていただいた数少ない方の顔を見ましたら、お恥ずかしながら涙が止まりませんでした。

荼毘にふすまで、耳は聞こえていると言います。まさに皆さんに囲まれて皆さんのお言葉に故人もさぞかし喜んだと思います。

出棺も酷暑の中、多数お見送りいただき、この場を借りて御礼申し上げます。

今は、私の実家にて後飾りとともに、骨壺が置かれ、遺影がこちらを見つめております。

8/27日曜日の四十九日儀式までこちらに安置し、同日よりお墓に入れます。

場所は、伊勢崎市日乃出町の雲晴院になります。


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最後に、今回は一般葬の形を取らなかったため、故人にお別れしたかったという方や、私の心配をしていただきつつ、本当は参加したかったが、参加することを控えたという方も多数いらっしゃるかと存じます。

故人への思いと、遺族への配慮を天秤にかけるようなことを皆様に強いてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。

ただ、故人が生前から、大掛かりな葬儀を望んでいなかったことや、額面通りではありますが、近親者設定で、その趣旨を組んで来てくれるという方に送別していただきたいという遺族感情も、どうかご理解賜ることができれば幸いです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

告別式から

昨日、無事葬儀が終了いたしました。

近親者というご案内にもかかわらず、多数ご参会いただき、本当にありがとうございました。

通夜及び告別式は、妻が大好きだったSMAPの「ありがとう」で出迎えさせていただき、「STAY」を葬儀式中のバックナンバーとしてかけました。

私も告別式の挨拶までは、涙をこらえていようと思っていたのですが、「STAY」の歌詞にやられてしまいました。

今年は、SMAPの解散とマオさんの訃報は、末永く延期してもらいたかったです。

 

ご友人から弔辞をいただきました。

高校時代からナースを目指していたこと、本当に友人ほか皆様に愛されていたことがわかり、遺族としても感激いたしました。ありがとうございました。

 

挨拶では、妻の病歴に加え、真の看護師になってくれたということを伝えさせていただきました。他は何を語ったか覚えておりません。

その意味ですが、実は、妻は左目と左耳が聞こえません。すべて病気により後天的になったものです。左目は最初の病気により、重篤な菌血症となり、網膜にカビの塊があるため、光はあるが見えません。

左耳は、複合的な後遺症で、聞こえなくなりました。そのため、収骨時に立ち会われた方はおわかりかと思いますが、メガネと補聴器を骨壺に入れました。

ナイチンゲールは、目が見えなかったと聞きます。また、日野原先生は著書で、ナイチンゲールの話に触れ、「患者の気持ちがわかりたかったら自分が病気になればいい」とナイチンゲールの言葉を話しています。

お話ししたかったのは、病気経験有無=素晴らしい看護師、という短絡的なことではありません。

私も妻も、自分の不遇をずっと考えてきました。しかし、人生みな一緒、うちだけではないんだからと自他ともに言い聞かせてきました。

不遇になると、不遇な人の気持ちがわかるのです。目と耳、病気のこと?そうではなく、不遇な人の気持ちです。

これが、我々にとっては一番の財産でした。また、不遇な状態である砂漠では、水がおいしく感じます。人の助けもそうですし、何より「毎日平凡に終わること自体」です。

今日も一日何もなく終わった、これが何よりの喜びでした。

この相互作用を起こしてくれたのが妻だったのかなと思っています。

自分が病気にならなくても目が見えても耳が聞こえても、そういった状態の人の話、生き方を聞いて、慈愛の気持ちを抱いていただく、それを受けた側は救われる。皆さんとそんな関係になれる。笑顔で励まし会える。

 

妻と私は、そんな10年でした。

告別式

華の香りがいい感じです。

酷暑の中、申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

 


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通夜

本日は、親族のみとさせていただいておりましたが、暑い中にもかかわらず、病院関係者の方、闘病等でのお仲間の方、大学同期の方等、御参会いただき、ありがとうございました。

なるべく、棺を据え置き、故人との面会時間を工夫させていただいたところ、故人にふれ、名残惜しんでいただいている姿を見て、胸打つものがありました。

また、連絡していただき、ありがとうというお声もいただき、妻が生きた証を感じました。

故人もそして遺族も救われる思いです。

私もたくさんの方にお声がけいただきました。ありがとうございました。

明日の告別式は、お別れの儀という時間を設けてあります。

故人に縁のある方につきましては、初七日法要の後に執り行いますので、お時間の許す限り、是非御参会いただければ幸いです。

通夜、葬儀式

一通りのことは済みました。

あっという間に時間が過ぎていきますね。

大好きだった曲でお迎えしています。

会場も華やかで故人らしいです。

親族を気にすることなく、長居していただき、故人とのお別れをしていただければ、喪主として幸いです。

皆様お待ちしております。

告別式

明日の朝刊に掲載予定です。

告別式は、近親者のみで行う予定です。

朝刊を御参照いただければ幸いです。

 

通夜は、それより前に親族のみで行います。

家族会議の結果、お子さんは、妻が連れて行っていかないように、御遠慮させていただこうと思います。

このブログも伏せてきましたが、今日よりある程度公開させていただこうと思いますが、リンク先を不特定多数先にお示しいただくのは御遠慮ください。